一橋大学 神岡教授に訊く! ニューノーマル時代のカスタマーエクスペリエンス
【第1回】 顧客との非接触が日常化する中でのカスタマーエクスペリエンス(CX)

昨今、カスタマーエクスペリエンス(CX)の概念が広く知られるようになりました。
CXについては、「カスタマーエクスペリエンス入門」で解説しました。CXとは、顧客視点で物事を考え、顧客の体験をより良いものにすることで自社へのエンゲージメント(深い関係性や愛着心のこと)を向上させようという考え方です。

前回のコラム掲載から約4年が経過し、コロナ禍をはじめとして私たちの日常や働き方の常識を大きく変える出来事が起きました。それらが消費者行動に大きな影響を与えています。

そこで、「カスタマーエクスペリエンス入門」の解説をいただいた一橋大学の神岡太郎教授に、カスタマーエクスペリエンスの最新事情やデジタルの活用などを改めてお伺いしました。それらの内容を3回にまとめて解説します。

第1回:顧客との非接触が日常化する中でのカスタマーエクスペリエンス(CX)

  • 企業に求められるデジタルとリアルを組み合わせたタッチポイントの構築
  • デジタルトランスフォーメーション(DX)が遅れる日本
  • 日本企業のCDO(Chief Data Officer)採用率は僅か3%
  • DXとは、デジタルを活用した顧客体験価値(CX)を高めるビジネス再構築

第1回は、カスタマーエクスペリエンス(CX)の現状、CXとデジタルトランスフォーメーション(DX)の関係について解説します。

企業に求められるデジタルとリアルを組み合わせたタッチポイントの構築

CXの基本は、顧客視点に立って物事を考えることです。自社が何を提供したかという企業の視点ではなく、提供されたモノやサービスを通じて顧客が何を体験でき、何を得ることができるのかに焦点をおきます。


企業と消費者との接点である「タッチポイント」は、店舗や訪問営業、展示会などを通じたリアルの場が中心でしたが、コロナ禍を契機として顧客の消費行動が大きく変わりました。一番の違いは、非接触が日常化したことです。「テレワーク」「巣ごもり需要」「バーチャル展示会」などが一般化しました。

加えて、我々が予期していなかったことが突然発生する、つまり「VUCA」(ブーカ:Volatility変動性、Uncertainty不確実性、Complexity複雑性、Ambiguity曖昧性の頭文字を並べたもの)が意味するような、戦争、自然災害、食糧危機など政治や経済が短期間でがらりと変わる世の中になっています。
企業に求められるCXについて、神岡教授は次のように語りました。


「単純化して言えば『コロナ禍前に戻そう』と『コロナ禍での経験を前提にしてニューノーマルを考えよう』という2つの動きがあり、せめぎ合っているのが現状です。今後デジタルへの依存度が高まるのは間違いありません。しかし、多くの人にとって、対面だけ、或いは非接触だけというのは居心地が悪い。これは顧客ではなく従業員経験(エンプロイイーエクスペリエンス)の話になりますが、実際にテレワークで生産性が下がった企業もあります。従って、CXにおいては、デジタルとリアルを上手く組み合わせ、顧客とのさまざまなタッチポイントを作ることが重要となります。また、予期しないことが発生した際に対応できる顧客とのタッチポイントを準備しておくことです」(神岡教授)

デジタルトランスフォーメーション(DX)が遅れる日本

「デジタルトランスフォーメーション(DX)」や「働き方改革」はコロナ禍前から企業が取り組んできた重要な課題です。
DXとは、デジタルテクノロジーを戦略的に活用して、企業の組織的な活動、ビジネスをより競争力の高いものに変革していくことです。


しかしながら、日本が世界に比べDX推進において遅れを取っている現状がデータから明らかになっています。
経済産業省は、2018年発行の「DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」にて、2025年の完了を目指したDX推進施策を提言しました。しかし、DX化の進展は目標を大きく下回っています。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)によると、2020年10月時点で、回答企業約500社のうち9割以上の会社が「レベル3未満」、つまりDXに全く取り組んでいない、もしくは散発的な実施に留まっているという結果が示されています。

DX成熟度レベルの基本的な考え方

成熟度レベル特性
レベル0 未着手 経営者は無関心か、関心があっても具体的な取組に至っていない
レベル1 一部での散発的実施 全社戦略が明確でない中、部門単位での試行・実施にとどまっている
(例)PoCの実施において、トップの号令があったとしても、全社的な仕 組みがない場合は、ただ単に失敗を繰り返すだけになってしまい、失敗か ら学ぶことができなくなる。
レベル2 一部での戦略的実施。 全社戦略に基づく一部の部門での推進
レベル3 全社戦略に基づく部門横断的推進 全社戦略に基づく部門横断的推進
全社的な取組となっていることが望ましいが、必ずしも全社で画一的な仕組みとすることを指しているわけではなく、仕組みが明確化され部門横 断的に実践されていることを指す。
レベル4 全社戦略に基づく持続的実施 定量的な指標などによる持続的な実施
持続的な実施には、同じ組織、やり方を定着させていくということ以外に、判断が誤っていた場合に積極的に組織、やり方を変えることで、継続的 に改善していくということも含まれる。
レベル5 グローバル市場におけるデジタル企業 デジタル企業として、グローバル競争を勝ち抜くことのできるレベル
レベル4における特性を満たした上で、グローバル市場でも存在感を発揮し、競争上の優位性を確立している。

出典:IPA「DX推進指標 自己診断結果 分析レポート(2020年版)」


また、スイスの国際経営開発研究所(IMD)がまとめた「World Digital Competitiveness Ranking 2021(世界デジタル競争力ランキング2021)」によると、日本は64カ国中28位であり、年々低下傾向にあります。特に、評価項目「ビッグデータ活用と分析」は63位、「企業の敏捷性(アジリティ)」64位、「デジタル/技術スキル」62位と最下位層にランク付けされています。


神岡教授は、日本のDXの現状に危機感を募らせます。
「私の実感では10年ぐらい前から日本が遅れはじめた印象があります。顧客視点の発想でのビジネス変革が遅れていることを、企業はもっと深刻に捉えるべきです」(神岡教授)


日本は、戦後の高度経済成長を経て、1980年代にはテクノロジーの先進国とみなされていましたが、それから30年近く経った現在、IT分野の先進国といえる状況ではなく、むしろ他国の後塵を排するようになっています。神岡教授はその理由について、複合的ではあるが「企業や組織において、本気で変わろうという意識が少ない」と厳しく評価します。


「危機感をもった企業のトップダウンでDX化したとしても、変えるべきことからではなく、できることを行いがちです。最初はそれも良い練習になりますが、できそうなことしか取り組まないのでは、何年かかっても真の変革は困難です。DX推進においてはまず「What=何を」「Why=なぜ」を考えることが重要。とかく「How=どのように」と手段に着目しがちですが、変える対象や目的をしっかりと設定しなければなりません。表面的なところだけ変えても意味がないのです」(神岡教授)

日本企業のCDO(Chief Data Officer)採用率は僅か3%

海外に比べて、日本はDX推進において組織面でも遅れています。DX推進の旗振り役として全社を横断する役職がCDOです。CDOは主に2種類あり、Chief Digital Officer(DX推進の責任者)、Chief Data Officer(データ活用の責任者)が挙げられます。DXを成功させるにはこの2つのCDOが重要な役割を果たします。

「Chief Digital OfficerとChief Data Officerの境界は曖昧で、一人の役員が両方を兼ねる場合もあります。ただ、具体的にCXあるいはカスタマージャーニーを考える上でデータが必須となりますので、特にChief Data Officerの役割が重要になります。なお、デジタルネイティブ企業のようにすでにある程度DXが出来あがった状態になっている企業では、もう一つのCDO、つまりChief Design OfficerをおいてCXの司令塔としているところもあります。」(神岡教授)

CDOの組織内での機能
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米コンサルティング会社「New Vantage Partners」によると、米トップ企業の約6割がデータ活用の責任者であるCDO(Chief Data Officer)を置いています。一方、日本では、神岡教授が顧問を務める「CDO Club Japan」調査によると、役員レベルでそのCDOを採用する企業は僅か3.3%に留まります。


また、組織が縦割りで部門間での情報共有ができていないことも、特に役所や昔ながらの大企業で指摘される問題です。部門毎に別々のシステムで管理され、情報共有がされない結果、顧客満足度が下がるケースも見られます。
対策としては、全社の横串を刺すCX部門を設置すること、また、各事業部門でKPIを設定することが重要です。

CXの代表的なKPIとしては、NPS®(ネットプロモータースコア:企業や商品、サービスへのお客様の愛着度を示す「顧客ロイヤリティ」を測る指標のひとつ)が挙げられます。

*Net Promoter®およびNPS®は、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、サトメトリックス・システムズ(現NICE社)の登録商標です。

DXとは、デジタルを活用した顧客体験価値(CX)を高めるビジネス再構築

DX推進のためには、CXに注目することが大切だと神岡教授は強調します。

「DXを実現するためには、CX、つまり顧客視点で物事を考え、組織やビジネスを変えていくことが重要です。デジタルの力を使ったCXによるビジネス再構築がDXの重要な部分となります。ただ、それを一時的なデジタルの活用の問題としてとらえるのではなく、そういったことができる企業にトランスフォーメーションするということです」(神岡教授)


CX向上への取り組みは、数年前まではネット通販企業などデジタルネイティブな企業が先行していましたが、モノやサービスだけでの差別化が難しくなっている現在、あらゆる業種がCXを重視しはじめていると神岡教授は語ります。


「例えば、航空会社の場合、飛行機の機体はほぼ同じメーカーが製造しており、機能は変わらないですよね。そうすると、自社の優位性を示すためには、サービスの質が重要になってくるわけですが、それが提供者視点でのサービスではなく、そのサービスによってどういう顧客体験価値が提供できているのかが重要になってくるのです。例えば、業種を問わず顧客をより細かく分析し、タッチポイント毎にパーソナライズしたサービスをリアルとデジタルを駆使して行わなくてはならない時代です」(神岡教授)


以上、カスタマーエクスペリエンス(CX)の現状、CXとデジタルトランスフォーメーション(DX)の関係について解説しました。第2回ではデジタルを活用してCXを向上させるためのポイント、デジタルCXの成功事例などについて解説します。

今回のポイント

  • コロナ禍で非接触が日常化し、デジタルへの依存度は益々高まる
  • デジタルトランスフォーメーション(DX)の遅れが競争力の低下に
  • DXを実現するためには、顧客視点で組織やビジネスを変えていく必要がある

(文責:ISBマーケティング株式会社)

※本コラムに記載されているシステム名、製品名は各社の登録商標または商標です。なお、本文では、「™」、「®」はすべては明記しておりません。


第2回:デジタルカスタマーエクスペリエンスの実現で新たな付加価値を創造する

神岡太郎教授プロフィール

一橋大学 経営管理研究科教授 工学博士

主な研究テーマは、マーケティングにおけるITの利活用、ITマネジメント、CMO、CIOである。研究論文以外に、著書として『デジタル変革とそのリーダー CDO』(同文舘出版、2019年)、共著として『マーケティング立国ニッポンへ』(日経BP社、2013年)、『CIO学』(東大出版会、2007年)、『CMO マーケティング最高責任者』(ダイヤモンド社、2006年)などがあるほか、企業と共同でマーケティングの実証実験にも多数参加している。

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