一橋大学 神岡教授に訊く! カスタマーエクスペリエンス入門

【第1回】最近注目が集まっているカスタマーエクスペリエンス(CX)とは

企業活動において注目のキーワードが、カスタマーエクスペリエンス(CX)です。そこでこのコラムでは、マーケティングとITに関する第一人者である一橋大学の神岡太郎教授にお伺いした内容をもとに、CXの重要性や、CXを向上させるためのポイントなどについて3回に分けて解説していきます。

第1回は、カスタマーエクスペリエンス(CX)とは何か、なぜ企業にとって重要なのかを解説します。

CXの基本は顧客視点に立って考えること

CXとは、日本語に訳すと「顧客体験」です。CXという概念は、顧客から見て、企業が提供する価値をどのように考えるかということから生まれました。これまで、企業は製品やサービスそのものの価値を高めることを追求してきましたが、それは本当に顧客にとっての価値に繋がっているのでしょうか。企業の独りよがりの視点になっていないでしょうか。企業が何を提供したかという視点ではなく、その提供されたもので、顧客が何を体験できたか、得たかということに焦点を置くわけです。

例えば、保険業界では、サービスの差別化や競争力強化のために、サービスの細分化を行ってきました。そうすることで、個々のサービスは充実しました。一方でサービスが細分化されたことで、顧客にとってかえってわかりにくく、不便になってしまっているかもしれません。そうした企業視点ではなく、顧客視点に立って、本当に顧客にとって価値があることは何かを考えることがCXの基本となります。細分化されたサービスであれば、その個々でなく全体としてのサービスで評価することが重要です。


顧客視点に立つことを実践するのは容易ではありません。神岡教授は、ある航空会社を例に挙げてその難しさを語ります。
「ある航空会社は定刻到着率の高さをアピールしています。しかし、顧客の立場では、定刻に着陸するのはあまり意味がありません。むしろゲートに何時に着くのかが重要ですよね。着陸後の滑走路で機内に30分待たされることもありますし、着陸した時刻ではなくゲートに到着して飛行機から降りた時刻が大切なわけです。つまり、顧客が何を経験したかを見ずに、我社はこれだけ上手くやりましただけでは、真の顧客視点に立ったことにはならないのです。」

さまざまな接点から顧客データを多角的に収集することが重要

また、CXでは「パーソナライズ」という考え方がとても重要です。市場全体を見るのではなく個々の顧客を見ることです。
「英語では、ア・スリーハンドレッドシックスティ・デグリー・ビュー、360度全方面からその人を見るという考え方です。お客様がどういう経験をしているかを、時間軸や空間軸の枠を超えて多面的に追っていく必要があります。」(神岡教授)
航空会社の例で言うと、企業と顧客との接点は、機内だけでなく、空港、カスタマーセンター、Webサイトと多岐にわたります。飛行機が定刻に離着陸しても、カスタマーセンターの窓口がつながりにくく、不親切な対応だったとしたら、お客様は不満を抱えて離れてしまうかもしれません。
CXは、顧客が企業のサービスに触れることで得られた体験を顧客視点で総合的に評価した概念といえます。言い換えると、企業の製品やサービスを何らかのきっかけで顧客が知り、購入を検討後、実際に購入して利用、サポートに至るまでのすべてのサービスの接点において顧客がどういう価値を感じたのかを、顧客の立場で多角的に評価したものなのです。

顧客ごとにパーソナライズしたリコメンド機能などはCX向上に効果的

近年、CXが重要視される理由は、企業視点からのマーケティングだけでは顧客満足度や顧客ロイヤリティが上がらないことが明らかになってきたからです。顧客ロイヤリティが高い顧客は、いわゆる優良顧客であり、LTV(Life Time Value)も高くなるため、企業の利益向上に繋がります。


また、スマートフォンやAIスピーカー、SNSなどの普及により、タッチポイントが増えています。顧客は、企業のサービスに対してクレームをつけたり、賛同したり、製品やサービスについてのコメントをシェアしたりすることが簡単に行えるようになりました。
「顧客の参加行動、いわゆるエンゲージメント行動を企業が直接コントロールすることはできませんが、様々な顧客体験を通してCXを向上させることによって、企業の利益になるエンゲージメント行動を促進することが期待できます。」(神岡教授)


神岡教授によると、CXの重要性にいち早く気づき、CX向上施策を行っているのがネット企業をはじめとするデジタルネイティブな企業だといいます。こうした企業は、顧客データの蓄積や利活用を積極的に行ってきました。
「例えば、世界最大級の通販サイトでは、人間によるものと、人工知能を活用したリコメンド機能などの自動化を組み合わせてサービスを提供しています。購買履歴から適切なリコメンドを行うことでパーソナライズに繋がります。CXを向上させるために人工知能を活用することも有効です。」(神岡教授)


以上、CXの概念及び企業の事業活動において顧客とのあらゆる接点におけるCX向上が重視されていることを述べました。第2回では、CXを向上させるために重要なことを解説します。

今回のポイント

(文責:ISBマーケティング株式会社)

※本コラムに記載されているシステム名、製品名は各社の登録商標または商標です。なお、本文では、「™」、「®」は明記しておりません。

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ニューノーマル時代のカスタマーエクスペリエンス

神岡太郎教授プロフィール

一橋大学 教授 工学博士

主な研究テーマは、マーケティングにおけるITの利活用、ITマネジメント、CMO、CIOである。研究論文以外に、共著として『マーケティング立国ニッポンへ』(日経BP社、2013年)、『CIO学』(東大出版会、2007年)、『CMO マーケティング最高責任者』(ダイヤモンド社、2006年)などがあるほか、企業と共同でマーケティングの実証実験にも多数参加している。

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