概要

1.電話相談を効率化するため、AIが音声認識をする電話応対支援システムを導入。コールセンター向けに開発されたシステムを、職員が持つ知見も活かしつつ児童相談所の業務に適した形に改良

2.テキスト化された電話応対の内容から「注意ワード」を検知したり、電話口でのやり取りをリアルタイムに共有したりすることで、職員全員で相談員をサポートする体制を確立した

3.相談内容に合わせたマニュアルを表示させ、スムーズな応対を実現。住民サービスの品質向上にもつなげる

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横山 智哉 氏

江戸川区児童相談所はあとポート

援助課 援助調整係 係長


お客様プロフィール

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江戸川区児童相談所はあとポート様


設立:2020年4月

事業概要:東京23区初の児童相談所として開設。児童虐待や非行への対応に加えて、育児相談や子育て支援サービスの紹介など、子どもに関するさまざまな相談に応じている。



課題

1日200件以上の電話応対に職員は疲弊。業務効率化が急務

江戸川区児童相談所では、電話による相談は総合窓口で一次対応を行い、相談内容に応じて各担当に振り分けるという体制を敷いている。着信する電話の件数は1日に200300件ほどで、8人の電話相談員が対応に当たる。

同所には一般的な児童相談所に寄せられる虐待や非行に関する相談に加えて、母子保健や育児、不登校や心身障害などさまざまな相談が寄せられる。電話相手も相談内容も多岐にわたる中、総合窓口では相談内容をきちんと把握し、担当部署へ引き継ぐことが求められる。

人名や地名、児童福祉に関する専門用語などを的確に聞き分けるには、相応の経験が求められる。さらに、電話をかけてくる相談者は興奮していたり心身ともに疲れ果てていたりといった状態のこともあるため、相談員によってヒアリングの内容に大きな差が生じてしまうのが課題だった。

また、電話や対面で受けた相談内容や対応履歴はすべて記録しておく必要があるが、日中は面談や福祉施設への入所手配などに追われ、記録業務を夜間や休日にこなすことも珍しくなかった。長時間労働が常態化すると、職員の心身にも影響が及んでしまう。

江戸川区児童相談所はあとポート 援助課 援助調整係 係長の横山智哉氏は、「児童相談所の本来の業務は親子の面談ですが、記録業務ばかりに時間を取られて本業に支障が出ていました」と話す。また、「相談者からのクレームや心のケアにも時間を割かなければならない中、長時間労働の常態化や上司、先輩職員からのフォロー不足によって職員のメンタルヘルスに影響が出てしまうことも懸念していました」。そこでAI技術の活用によって、電話応対および記録業務を効率化しようと考えた。

経緯

コールセンター向けソリューションを児童相談所向けに改良

同所が導入したのが、NTTテクノクロスが提供する「ForeSight Voice Mining(以下、FSVM)」である。このシステムは電話窓口での通話音声を認識し、相談員のPC画面にテキスト表示。そのテキスト情報を基に参照すべきマニュアルを自動で表示したり、「虐待」「傷」「あざ」といった注意すべきワードをハイライト表示したりして電話応対をアシストする。もともとはコールセンター向けのソリューションだったものの「使い方を工夫することで、私たちの業務にも使えると判断しました」と、横山氏は導入の経緯を説明する。

初めに試験運用として20217月から10台分を導入し、半分を電話の一次受付をする電話相談員、残り半分は電話対応をサポートする児童福祉司と児童心理司に割り振った。事前に専門用語や各施設、教育機関の名称など約500ワードを単語登録し、通話内容からスムーズにテキスト表示されるようにした。

試験運用のときから電話応対に従事する相談員は、導入時の印象について「中には早口の方もいて、人名や施設名などを聞き取れないことがよくありました。FSVMの導入によって、通話内容がリアルタイムにテキスト化されたのには驚きました」と振り返る。試験運用中は操作方法の研修会を定期的に実施。NTTテクノクロスによるチューニングによって音声認識の精度が向上したこともあり、現場には徐々に浸透していった。20221月からは110台分が導入され、本格稼働に至った。

edogawaku_jirei_1.jpg江戸川区児童相談所はあとポートが導入するFSVMの構成イメージ

edogawaku_jirei_2.jpgFSVMは音声系設備(ミラーポート)に接続され、通話音声を取得。

システムは庁内サーバーにあり、職員はPCのブラウザーからアクセスして利用している


効果1

リアルタイムで状況を共有し電話相談員を職員全員で支援

FSVMを導入した当初、同所では残業時間の削減を一番の目的に掲げていた。しかし、本格稼働後に最も実感しているのは「業務の質を変えてくれたことです」と横山氏は語る。その中の1つに、電話相談員を職場全体でサポートする雰囲気ができあがったことが挙げられる。

それを実現したのが、電話応対をリアルタイムに参照できる「スーパーバイザー支援機能」である。一般的なコールセンターでは、スーパーバイザーといった管理者がこの機能を使うと、オペレーターの通話が長引いたり注意ワードが出現したりした場合に、リアルタイムに通話テキストを確認して、オペレーターをサポートすることができる。オペレーターもやり取りを一から説明する必要がなくなり、運営メリットも大きい。ただし、初めてこの機能を見るオペレーターは、管理者に「応対内容を監視されている」「評価に使われるのではないか」と不安に思うこともある。同所ではこの機能のメリットを最大限に活かしたうえで不安も払拭し、職員全員での電話応対のサポート体制確立に役立てている。

スーパーバイザー支援機能は当初、課長や係長といった管理職だけが使うことを想定していた。しかし、管理職が席を外すこともあり、児童福祉司と児童心理司を含む職員全員が電話応対をリアルタイムで確認できるようにした。それにより「電話受付の相談員だけでなく、職員全員で電話応対を気にかけるようになり、自然と協力体制が築かれていきました」(横山氏)。FSVMの本格導入以後、電話応対に従事している相談員も「電話応対はあまり経験がなく不安でしたが、会話内容がリアルタイムに表示され、皆さんが会話をリアルタイムに見てくれると思うと、不安がなくなりました。いざとなればすぐに上長に電話を回すこともできます」と安心感を見せる。

電話窓口はすべての相談の起点となる。ここでの初動対応は、その後の対応にも大きく影響する。横山氏は「勇気を持って電話をしてきてくれた方、助けを求めて電話をかけてきてくれたお子さんなど、その声を逃すことなくキャッチし、耳を傾け、対応につなげていくことが重要だと思っている」と語り、FSVMにはその架け橋としての役割を期待している。


効果2

電話応対のスピードアップと応対品質向上を実現

応対品質向上やスピードアップの面でも効果が上がっている。マニュアルの自動表示、注意ワードのハイライト表示やアラートといった機能により、電話応対に不慣れな職員でもスムーズに応対できるようになった。

マニュアルの基本になっているのは、江戸川区が作成している子育てガイドである。約80ページの情報がPDF化され、届出書類、施設の連絡先、支援制度などの各種の情報が参照できるようになっている。「区が提供しているサービスは多岐にわたっていて、他部署から異動してきたばかりの人は覚えきれません。このシステムでは認識したワードに対応して候補となる情報が掲出されるので、知識の多寡にかかわらず正確な情報を迅速に伝えられます」(横山氏)。

昨今は外国人住民からの相談が増えていることから、英語の対応マニュアルも用意した。FSVMが英語のフレーズを検知すると、英語が得意ではない職員でも英語対応ができる職員への取り次ぎや折り返し連絡をすることを英語で伝えられるようにしている。

また、すべての通話内容をテキスト保存できるようになったことで、記録作成時間の短縮や、記録の抜け漏れ防止にもつながっている。通話内容がテキスト化されると検索性が向上し、集計・レポート作成も容易となる。

こうした取り組みによって、電話応対エスカレーション時に発生する報告時間を相談員1人当たり月間5.5時間削減するなど、業務効率化にもつながっている。


今後の展開

録音データを人材育成や統計分析にも活かしたい

FSVMの導入により、業務効率化の面では一定の成果を上げられた。同所では今後、人材育成に対しても活用していきたいと考えている。横山氏は「例えば経験の浅い職員が職権でお子さんを保護し、親御さんへ報告の電話をしようとしたとき、先輩の職員は過去にどのような電話をしたのかを録音で聞けると参考になると思います。また、新人職員の通話内容をベテランの職員がヒアリングし、アドバイスするのにも役立てられます」と見ている。

また、録音データから相談内容によって聞くべきポイント、上手な回答例などを抽出してマニュアル表示機能に取り込むことで、応対品質の平準化が図れる。新人職員はベテラン職員の応対例を参考にしながら経験を積んでいけるため、児童相談所全体の応対品質向上にもつながる。

さらに、記録されているテキストデータを集計し、傾向の分析や対策の検討にも活用したいと考えている。横山氏は今後の展望について、「例えば学校や地域別の通報件数が分かれば、虐待や非行の発生防止につながります。また、職員別の総通話時間や平均通話時間、緊張度が高い案件の対応数などを可視化して、労務管理にも役立てたいです。こうした統計データの分析や活用に関しても、NTTテクノクロスの協力を得たいと思います」と明かした。

※2024年1月現在