概要

 日本の鉄道業界をリードする東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)は、2014年に運行情報や列車走行位置、駅構内図などの情報を提供する「JR東日本アプリ」をリリース。ユーザーに多様な情報を届けるという当初の目的は達成したものの、改善の余地が多くあった。そこでアプリ開発時からエンジニアとして参画しているNTTテクノクロスらと共に2016年にプロジェクトチームを発足。新たな価値を提供するため、デザイン思考を活用したユーザーリサーチなどから「ユーザーの困りごとを解決するアプリ」というコンセプトを策定した。NTTテクノクロスらと共に開発したリニューアル版アプリは、高い利便性とサステナブルな開発体制に内外から高い評価を獲得。今も進化を続けている。

課題

【課題】仮説検証時から必要とされたNTTテクノクロスのエンジニアリング視点

 2014年にリリースした「JR東日本アプリ」は、鉄道を利用するユーザーに運行情報や列車の位置情報などをタイムリーに提供する目的を達成したが、操作性や利便性については改善を求める声が寄せられていた。「老若男女のすべてのお客さまに多様な情報をお届けすることをめざした結果、詰め込みすぎたアプリになり、『情報が多すぎて何を参照すればいいかわからない』、『操作がわかりづらい』、『動作が遅い』などの声につながっていました」と、マーケティング本部戦略・プラットフォーム部門でマネージャーを務める伊藤健一氏は話す。

東日本旅客鉄道株式会社 マーケティング本部 戦略・プラットフォーム部門 MaaSユニット マネージャー 伊藤健一氏

東日本旅客鉄道株式会社 マーケティング本部 戦略・プラットフォーム部門 MaaSユニット マネージャー 伊藤健一氏

 UI/UXに関わる課題は、既存アプリの改修では対応が難しいため、設計から抜本的に見直すこととなった。NTTテクノクロスは、プロジェクトの発足当初から参画し、これまで培った知見や開発実績を生かして、上流から開発に携わった。その背景を、マーケティング本部戦略・プラットフォーム部門の安倍孝典氏は解き明かす。
 「リニューアルにあたっては、顕在化していない課題にも対応できるよう、デザイン思考でコンセプトの策定から取り組みました。通常の開発では、仕様を固めてからベンダーに発注する場合が多いものの、今回は仮説検証の段階からエンジニアリング視点を取り入れたいと考え、鉄道業界に限らず多くのシステム開発の実績と先進的な技術を有するNTTテクノクロスにプロジェクトチームの発足当初から参画を依頼しました」

東日本旅客鉄道株式会社

東日本旅客鉄道株式会社 マーケティング本部 戦略・プラットフォーム部門 MaaSユニット 安倍孝典氏

解決へのアプローチ

【開発】進化し続けるアプリを実現した柔軟かつスピーディーな開発

 プロジェクトチームは、定期的に集まり「誰のためのアプリか」、「どんな体験を届けるのか」、「何を変えるのか」など「あるべき姿」について議論を交わした。「発注者と受注者の関係を超え、当社とNTTテクノクロスは完全にフラットな関係で議論を重ねました。当社は事業視点で理想像を描くことが多い一方、NTTテクノクロスはエンジニアリング視点で実現可能性を示したり、鉄道事業のさまざまな知識を自ら学んだうえで、新たな提案を重ねてくれたりしてくれたので、質の高いコンセプトをデザインすることができました」(伊藤氏)

2019年4月にリニューアルした「JR東日本アプリ」。ユーザーのフィードバックを重視した開発が特徴的で、2021年のリリース回数はAndroid23回、iOS22回、サーバ関連30回以上

2019年4月にリニューアルした「JR東日本アプリ」。ユーザーのフィードバックを重視した開発が特徴的で、2021年のリリース回数はAndroid23回、iOS22回、サーバ関連30回以上

 策定したコンセプトをベースに、アジャイルでの開発がスタートした。「アプリの中核ビジョンとして、『お客さまの困りごとを解決する』ことを掲げました。お客さまの困りごとは世の中の変化に応じて移り変わるので、小さく・素早くつくってフィードバックを受けながら進化する『アジャイル開発』を採用しました。ただ素早くリリースするからといって、品質は疎かにはできません。スピードを上げながら品質を担保するために、NTTテクノクロスは多様な開発手法に取り組んでくれました」(安倍氏)

 たとえば、リーンスタートアップとエクストリーム・プログラミング、ユーザー中心設計を組み合わせた「リーンXP」や、2名のエンジニアが同じ画面を共有して品質を検証しながらコーディングする「ペアプロ」、ソフトウェアの変更を常時テストして自動的に本番環境へリリースする「CI/CD」などが、共に取り組んだ開発手法である。こうして3年の月日を経て、2019年4月にフルリニューアル版の「JR東日本アプリ」がリリースされた。

2名のエンジニアが同じ画面を共有して品質を検証しながらコーディングする「ペアプロ」の様子

2名のエンジニアが同じ画面を共有して品質を検証しながらコーディングする「ペアプロ」の様子

ソリューションとその成果

【成果】主従関係を超えたパートナーとしてNTTテクノクロスとの共創はこれからも続く

 リニューアル版の「JR東日本アプリ」において、「従来版アプリとの最大の違いは、リリース頻度」と、安倍氏は説明する。「以前は、年数回のアップグレートでしたが、現在はほぼ毎週リリースを実施。その結果、お客さまの声を迅速に反映できるようになりました。Suicaの残高・履歴を確認する機能や、駅のコインロッカーの空き情報を確かめる機能などは、追加機能の一例です。ときには、他部門のシステムと連携が必要になる場面もありましたが、NTTテクノクロスが共に仕様を検討してくれたおかげで、実装できること・できないことを技術的な観点でリアルタイムに判断でき、スピーディーな開発に貢献していただきました」(安倍氏)

デザイン思考とアジャイル開発で精度が向上した経路検索機能

デザイン思考とアジャイル開発で精度が向上した経路検索機能

 また伊藤氏は、NTTテクノクロスと共創プロジェクトを推進したことにより、チームのメンバーのスキルや知見が向上し、高度化につながったと評価する。「NTTテクノクロスのメンバーとは、忌憚なく、率直に意見を交わす関係性を築くことができました。異なる文化を持つメンバー同士が肩を並べて切磋琢磨し、互いに刺激を与える存在になれたのは、多様性の理解にも通じる、大きな成果だと思います」(伊藤氏)
 デザイン思考とアジャイル開発で生まれ変わった「JR東日本アプリ」。リニューアル直後からダウンロード数を伸ばし、リニューアル前に掲げていた目標のユーザー数やKPIを早々にクリア。累計ダウンロード数は800万(※2023年3月時点)を超え、現在も右肩上がりの成長を続けている。今後もNTTテクノクロスと共に改善を続けながら、「鉄道」の枠を超えて、さらなる快適な体験を提供するアプリへと進化を続けていく。

お客様プロフィール

 お客様プロフィール
設立 1987年4月1日
事業概要  旅客鉄道事業を中心とした運輸業をはじめ、売店や車内販売などの駅スペース活用事業、複合型オフィスビル、ショッピング・オフィス事業など幅広い事業を展開。鉄道事業で蓄積した多様な情報を活用して「JR東日本アプリ」「モバイルSuica」「えきねっとアプリ」「JRE POINTアプリ」などの多様なシステムの企画・開発も行なっている。
URL https://www.jreast.co.jp/

※2023年3月末現在