概要

 東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)八王子支社八王子運輸区では、車掌が乗車せずに運転士一人で運行するワンマン運転化に向けて、2018年度に現場スタッフを中心としたプロジェクトチームを発足。「車掌が行っていた乗換案内放送ができなくなる」という課題を解決するため、案内放送を自動化する「乗換案内アプリ」を開発し、2022年3月にワンマン運転が実施された八高線・川越線での使用を開始した。このアプリの肝となる「自動音声の生成機能」を開発したのが、ソフトウェア開発企業のNTTテクノクロスだ。八王子運輸区のプロジェクト推進メンバーである小鷹美里氏と大石浩幸氏に、アプリ開発の経緯と導入の効果について聞いた。

JR東日本 八高線・川越線(JR東日本八王子支社提供)

JR東日本 八高線・川越線(JR東日本 八王子支社提供)

課題

【課題】ワンマン運転化に合わせ 車内放送を自動化したい

 少子高齢化による人手不足が今後も見込まれる中、首都圏を走る鉄道のワンマン運転化が進んでいる。JR東日本も例外ではなく、すでに一部路線でワンマン化を実施し、主要路線においてもワンマン化を拡大する方針を掲げている。
 こうした状況を踏まえ、八高線と川越線に乗務するJR東日本八王子支社八王子運輸区では、2018年度に車掌や運転士などの現場スタッフを中心に、ワンマン化に向けて必要な準備を進めるプロジェクト「NEXT八高」を発足させた。同プロジェクトのメンバーで車掌の小鷹美里氏は、「事前の検討を重ねる中で、それまで車掌が乗換駅到着前に行っていた発車時刻や行き先、発車番線の案内などがワンマン化後にはできなくなるという課題が浮上しました」と振り返る。

東日本旅客鉄道株式会社  八王子支社 八王子運輸区 小鷹美里氏

東日本旅客鉄道株式会社  八王子支社 八王子運輸区 小鷹美里氏

 「両路線は乗り換えに不慣れな人の利用も多いため、車掌が詳しい案内放送をしていました。ワンマン化で情報提供の質やサービスレベルが落ちかねない事態を避けるにはどうすればいいか、メンバー同士で意見を出し合ううちに、車掌の代わりに案内放送ができる『乗換案内アプリ』を導入するというアイデアに行き着きました」

解決へのアプローチ

【導入】車掌の代わりに放送できる「乗換案内アプリ」を開発

 ただ、車掌や運転士などの現場スタッフが中心のプロジェクトメンバーだけではアプリを開発するのは難しい。そこで開発パートナーとして、鉄道技術に関する総合建設コンサルタント企業のJR東日本コンサルタンツと、さまざまなシステム開発の実績を持つNTTテクノクロスの2社が参画することになった。
 同プロジェクトのメンバーで運転士の大石浩幸氏は、「JR東日本コンサルタンツは同じグループ会社だからこその安心感がありました。NTTテクノクロスは同社と共に長年、鉄道業界でさまざまなシステム開発に携わり、JR東日本においても乗務員向けの時刻表送付システム開発や、JR東日本アプリの開発に携わるなど、鉄道現場の課題解決のノウハウが豊富です。鉄道用語だけでなく業務についても詳しく、開発メンバーの方々が主体的に取り組み尽力してくれたことで、アプリ開発が実現しました」と語る。

「乗換案内アプリ」必要十分な機能の搭載にしぼり、使い勝手のいい操作性を実現した

「乗換案内アプリ」必要十分な機能の搭載にしぼり、使い勝手のいい操作性を実現した

 両社の参画により、アプリの開発は2020年度から本格的にスタート。約2年の歳月を経て完成にこぎ着け、2022年3月に始まった八高線と川越線でのワンマン運転の実施に合わせて運用が開始された。
 アプリは乗務員が携行するタブレットで使用し、タブレットのGPS位置情報と時刻情報を活用して、乗換列車の発車時刻や行き先、発車番線が自動で放送される。乗換案内のほかに、台風接近や大雪予報時の計画運休の案内、JR東日本のイベントやキャンペーンの告知といった「放送案内」と呼ばれる情報提供の機能も備わる。そして、これらの機能の実現に一役買っているのが、NTTテクノクロスが有するAI音声合成技術だ。
 NTTテクノクロスは「FutureVoice Crayon」というAI音声合成ソリューションを提供し、NTTの技術を終結した音声品質の高さが評判を呼んでいる。小鷹氏も「AI音声合成機能を提供するサービスは他にもありますが、発話が不自然であったり、“ロボット感”が抜けきれなかったりするものも少なくありません。FutureVoice Crayonがこうした類似システムと全く次元が異なることは、一度耳にしてすぐにわかります。初めて聞いたときは、人間の声と遜色ない肉声感と明瞭感のある自然な音声で本当に驚きました」と太鼓判を押す。

東日本旅客鉄道株式会社 八王子支社 八王子運輸区 大石浩幸氏

東日本旅客鉄道株式会社 八王子支社 八王子運輸区 大石浩幸氏

 乗換案内アプリはこのFutureVoice Crayonを応用して開発された。任意で入力した文字(テキスト)を音声に変換でき、さまざまな読み方がある漢字にも対応する。大石氏はこの点も高く評価する。「例えば『青梅(おうめ)線』は『あおうめ』とよく読み間違えられます。このように発声が難しい単語もあったが、私たちでも正しい発声を設定できる機能が備わっていて助かりました」

ソリューションとその成果

【成果】地元の祭に参加したきっかけの6割が車内放送

 時刻データや放送案内のデータは遠隔配信でき、随時変更が可能だ。大石氏はシステムの強みとして、AI音声合成機能により簡単に放送案内の変更ができる点も挙げる。「車両に搭載されたROMにデータを埋め込んで音声を流す従来システムの場合、音声内容を変えるだけで多大なコストがかかります。それがアプリだと、音声内容を変えたい時にすぐに変更できるため、ランニングコストが大幅に抑えられます」
 気になるのは、乗車するお客さまの反応だ。大石氏は「乗換案内放送の自動化後も『乗り換えに困った』『音声が聞き取りづらい』といったお声をいただくことはなく、これまでと変わらぬ“当たり前のもの”として案内放送を受け入れていただいているようです。地元の祭開催についての案内を、アプリを活用して行ったところ、後日、祭りの参加者を対象にしたアンケートでは『車内放送をきっかけに参加した』と回答した人が全体の6割にも達し、私たちも驚きました」と話す。その意味で「情報提供の質やサービスレベルの維持」という当初の狙いは達成された。

 一方、小鷹氏は「興味深かったのは鉄道愛好家の方々からの反応です」と、エピソードを披露してくれた。「八高線のワンマン運転実施の初日にはたくさんの鉄道愛好家にご乗車いただきました。そうした方々が車内で乗換案内放送が流れる様子をSNSにアップしていて、『これすごくない?』『どうやっているの?』といったコメントが多数寄せられていました。中には肉声と勘違いしていた方もいたようですし、駅間に放送が流れるタイミングが完璧であることに驚かれている方も見かけました。愛好家だからこそ、システムの画期性や革新性をより深く理解され、ご評価いただけているようです」
 実際に操作する乗務員からの評判も上々で、JRグループ各社や私鉄各社から視察が来ているそうだ。ワンマン化に好適なシステムというだけでなく、「現場社員発のイノベーション」という点での関心も高いという。大石氏は、今後の展開について言葉に力を込める。「これが完成形ではありません。引き続き現場の声も反映しながら、他支社やJRグループ全体への水平展開に向けてJR東日本コンサルタンツ、NTTテクノクロスと共にさらにブラッシュアップしてまいります」

お客様プロフィール

 お客様プロフィール
設立 1998年4月1日(八王子支社の発足日)
事業概要  東日本旅客鉄道株式会社 八王子支社は、東京都多摩地域と山梨県を中心としたエリアで、中央線を軸に各方面へ広がる鉄道網を基盤に事業を運営する。安全かつ正確な鉄道運輸サービスの提供だけでなく、「沿線まるごとホテル」の展開といった新規事業も積極的に手がけ、進取の精神に富む。沿線に山梨や高尾山、奥多摩をはじめとする観光資源を有していることも特色の一つである。
URL https://www.jreast.co.jp/(JR東日本のウェブサイト)

※2023年3月末現在