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ソフトウェアエンジニアのための「無線」入門(5)アナログの頃のテレビ放送には時報があった

実は中学や高校の理科や物理の授業で学んだはずの電波の基礎知識を新たな視点で簡単におさらいすることで、今の、そしてこれからの世の中がどうなるのか、あるいは自分を取りまく生活や仕事の環境がどうなるのかというところを少しだけ今と違う視点で考える、そんなきっかけをご提供します。

はじめに

NTTテクノクロスの岩永です。

そもそもテレビやラジオの放送に触れる時間が減っているというのはよく言われる話ですが、それでも朝とかに時計代わりにテレビをつけてる人もいるとは思います。番組制作側もそれは理解しているので番組の中の各コーナーの時間は大体固定されているのですが、テレビ放送については2011年にそれまでと大きく変わる出来事がありました。NHK総合テレビと教育テレビで放送していた「時報」がなくなったんです。

今回の電波を取り巻くお話は、その「アナログの頃のテレビ放送には時報があった」というところからはじめたいと思います。

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アナログのテレビ放送には時報があった

若い方は既にご存知ないかもしれませんが、アナログの頃のテレビ放送では時報がありました。例えばNHKの放送では午前7時や正午などにアナログの時計が画面に表示され、秒針の動きに合わせ正時の3秒前から「ピッ ピッ ピッ」と440ヘルツの音が続き正時に「ピーン」と880ヘルツの時報が鳴りました。音階でいうと「A」あるいは「ラ」の音です。

この時報、アナログ放送のAMやFMラジオでは今でも流している放送局がありますが、インターネットでラジオ放送を聞いていると時報の部分の音が消されています。そしてデジタル化されたテレビ放送ではそもそもこの「時報」は放送されておらず、例えばNHKのアナログのテレビ放送の場合は一部の例外を除いて地上波アナログ放送が終了する前日の2011年7月23日で終了していて、放送の中で「7時になりました」などといったナレーション等でなんとなく時間を告知するような流れになっています。(一部の例外については後述します)

(出典:平成24年情報通信白書 より抜粋)

もちろん放送の番組送出自体は秒単位で正確なのですが、なぜか時報の放送は止めてしまいました。営業的な問題?いえ、純粋に技術的な問題からです。

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電波は光の速さで伝わるから時報が流せる

前回ご紹介しましたが、電波自体は秒速30万キロという光の速さで空間を伝わりますから、高々周囲4万キロの地球上のどこであっても距離だけを考えると0.1秒以内に到達できる話になります。もちろん日本全体でみると延長約3000キロですから0.01秒で横断してしまい、音で聞く分には誤差は無視できるレベルと言えます。

因みに電波時計というのがありますが、これは国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)が日本標準時を日本全国に供給する「標準電波(JJY)」を受信していて、送信局は福島の「おおたかどや山標準電波送信所」と佐賀県と福岡県の県境にある「はがね山標準電波送信所」の2か所になっています。なお、インターネット上で利用される時計はそれとは別にNTP(Network Time Protocol)サーバーが運用されていますが、電波で提供される時刻の方がさすがに長い歴史を持っています。

jjy_signal_strength_jp_web.png

(出典:情報通信研究機構 JJY - 標準電波 より抜粋)

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実は東北地方で時報放送がさらに1年間放送されていた事実

ところで、NHKのアナログテレビ放送での時報放送は「一部の例外を除いて2011723日で終了」と書きましたが、その例外として実は岩手県・宮城県・福島県では2012331日までアナログ放送の終了自体が延長され、時報の放送もそのまま継続されていました。これは2011311日の東日本大震災に伴う措置で、甚大な被害を受けた被災地に対して広く情報を提供できる媒体としてのアナログ放送を当面継続するという判断のなかで行われました。

当時の電波監理審議会から総務省への答申 「東北3県における地上アナログ放送用周波数の使用期限延長に係る告示案の電波監理審議会からの答申」 には「法令上の期限である平成23年7月24日までに地上デジタル放送の受信環境の整備が間に合わないと見込まれたため、当該地域における地上アナログ放送の周波数の使用の期限を最大1年間延長する等の措置を規定した「東日本大震災に伴う地上デジタル放送に係る電波法の特例に関する法律」(平成23年法律第68号)が平成23年6月15日に制定されました。」とあります。

この「情報を広く一様に届ける」というのは放送ならではの機能ですが、デジタル放送への移行自体は止まることは無く、その最終日の朝10時からNHK仙台放送局からの『東北3県 さようならアナログ!もっとデジタル!』という番組が放送され、アナログ放送のチャンネルでは午前の部が終わった後の正午前の天気予報終了後にアナログ放送終了の静止画に切り替わり、その後当日の2359分に完全停波(アナログ放送でのいわゆる砂嵐の画面の状態)という流れになりました。

私自身は当時関東地方に住んでいたのでその瞬間を見ることはできなかったのですが、いわゆる無線界隈やテレビ関係者界隈にとっては感慨深い歴史の節目となりました。

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デジタル放送の意味とAD/DAコンバーターが生む避けがたい遅延

しかし、アナログ放送であれデジタル放送であれ、媒介する電波自体は同じ物理法則の元で光の速度で伝わります。電波自体に違いはありません。でもなぜデジタル放送では時報を流せないのかという話ですが、簡単に言うと生放送であれば送信側でデジタル伝送のためにアナログ信号をデジタル信号に変換(エンコード)し受信側でアナログ信号に戻す(デコード)するために時間がかかる為です。

実は収録番組だと送信素材の段階で既にデジタル化されていますが、それでも受信側のデコードは必ず入ります。どのような高速のエンコーダー・デコーダーであっても何らかのプロセッサで信号変換処理を行いますので、そこで必ず遅延が起きます。さらに言うと音声と映像で処理速度=遅延時間が異なるため、実はデジタルの映像信号の中で音声と映像を完全に同期させるのは余り簡単な話ではないのですが、とりあえずそれは横に置いておきます。

途中の処理の分だけ発生する遅延

上記のようにまずアナログ信号をデジタル信号に変換(A/D変換)するために時間がかかるのですが、更にそのデジタル信号が途中経路のルータやスイッチなどを経由する中でそれぞれが信号を転送する処理にもそれぞれ時間がかかります。たとえそれらがマイクロ秒の単位であってもそれが累積して最終的に電波に乗って飛ぶ時点で一定の遅延が加算され、最終的にそれを再生するスマホやPCなどでデジタル信号をアナログ信号 に変換(D/A変換)する時点でさらに遅延が加算されます。

時間軸を前に倒すタイムマシンなど無いので遅れを取り戻すことは不可能ですし、例えばどの程度遅れが出るのかを推定することも技術的に簡単ではありません。

同じ会議室で同じリモート会議に出てる人の声が遅れて聞こえる問題

通信ネットワークという部分だけでなく情報処理システム全体として見たときに遅延自体は無いに越したことがないのは事実ですが、純粋にデータ通信という部分で考えると遅延は処理の中で吸収あるいは無視することは技術的にある程度可能です。しかし、たとえばリモート会議の場で複数の人が実は同じ会議室にいるような場合、イヤホンやヘッドホンで自分のPCの音声を聞いているなかで目の前の人が話を始めると直接聞こえる音声とPC経由で聞こえる音声の間の時差に驚くことがあります。

まさにこれが遅延です。

なお、実際には映像も音声と同様に遅延が発生しているので、目の前で話す人を直接見ている人以外の「リモート会議システムを含む何かによってネットワーク経由で中継される映像に触れる人」が全てをリアルタイムで見ることは厳密には不可能です。

少々乱暴な説明ですが、アナログ放送では電気信号は伝送ケーブルも電波区間も光の速さで伝わるので無視できる範囲の誤差で実施できた時報放送を、原理的にも物理的にもデジタル放送で継続できなくなった大きな理由の一つです。

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電気信号を光通信の信号に変える、戻す

アナログの電気信号をデジタル伝送するためのアナログとデジタルの変換、すなわちA/D変換とD/A変換で遅延が出るわけですが、その電気信号を光に変換するところでも当然同じようにほんの僅かの遅延が出ますが、そういった部分はデータセンター内からユーザーのところまでネットワーク中に無数に存在していて、それぞれがほんの僅かずつ遅延を発生させます。更にはそれぞれすべてが電気回路として機能することから、当然そこで電力を消費します。

それに対して、高速かつ大容量の通信処理の要求を満たすために「いっそ光のまま全部処理できないか」という発想はありますが、無線の世界では最後にアンテナから放射する電波に信号を乗せる(あるいは受信する)ための変調と呼ばれる機能での信号変換は必ず必要で、これは物理的に無くすことはできません。

その一方で例えば距離の離れた空間を挟んだ区間を光で通信させようとする取り組みもありますが、かつての鉄塔に設置されていたマイクロ波での中継回線と同じように通信相手同士が常に見通せるように固定されていないと使えません。日照はもちろん雨などの天候の影響も大きく受けます。仮に移動し続けるスマホとの通信で使おうとするとライブコンサートのレーザービームのようなものが常に追いかけてくる話になり、少なくともスマホのような「端末のためのネットワーク」には使えません。

ただ、移動体通信とは別の現実的なソリューションとして、電波を送信する無線機につながる固定ネットワークの部分を可能な限りすべて光のまま大容量かつ低遅延で伝送するオールフォトニクス・ネットワーク(APN:All-Photonics Network)の中で実現しようとする取り組みは既に始まっているようです。

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おわりに

今回は「アナログ放送の頃は時報があった」と題してお話させていただきましたが、次回「スマホで使える周波数のお話」という話題についてお話させていただきたいと思っています。

近いうちにまたお会いしましょう。

それでは。

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ソフトウェアエンジニアのための「無線」入門シリーズ紹介

ソフトウェアエンジニアのための「無線」入門は以下のようなシリーズ構成を予定しています。
掲載回
タイトル
概要
第一回
そもそも電波って何なのか
そもそも電波とは何を言うのか、電波が伝わるとはどういうことなのか等から「電波」について紐解いてゆきます。
第二回
周波数と伝わりやすさ、そして通信速度
「周波数が高いと速度が出せる」と「周波数が低いと遠くまで飛ぶ」という関係を通信だけでなく
放送の例を使ってご紹介します。
第三回
物理法則がすべてを支配するのが電波の世界
電波の挙動は全て物理法則に則っていて、誰もそれを変えることはできないという話を簡単な例でご紹介します。
第四回
電波での通信は信号とノイズの闘い
電波は光やケーブルとは桁違いにノイズの影響を受けるというお話をご紹介します。
第五回
アナログの頃のテレビ放送には時報があった
電波の速度は変わらないのにデジタル放送になって時報が消えた謎から、電波から見ると
どうしようもない遅延の話と光通信の意味のほんの入り口までをご紹介します。
第六回
スマホで使える周波数のお話
周波数の割り当ての話を「スマホで使える周波数」という切り口で分かりやすくご紹介します。


なお、内容については変更する場合があります。あらかじめご了承いただけますようお願いいたします。

連載シリーズ
テクノロジーコラム
著者プロフィール
岩永 慎一
岩永 慎一

[著者プロフィール]
フューチャーネットワーク事業部 第二ビジネスユニット
岩永 慎一(Shin'ichi IWANAGA)