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"できない"AIを使いこなす3つのポイント【イベントレビュー前編】

AIを使いこなすにはAIの特徴を知る必要がある。「NTTテクノクロスフェア2018」では、新井紀子教授がAIと人間の違いを、尾形哲也教授がディープラーニングを活用したロボットの最新事情を、藤野貴教氏が働き方改革にAIを活用するポイントを解説した。

ディープラーニングや機械学習をはじめとするAI(人工知能)の活用が急速に進んでいます。AIが社会やビジネスにもたらすインパクトは大きく、あらゆる分野でAIの活用法が求められています。2018年10月30日、東京・日本橋で開催された「NTTテクノクロスフェア2018」では、3人の識者がAIによって変わる未来について、熱くレクチャーしました。そのエッセンスを紹介します。

ポイント1:AI時代に求められる「読解力」

 「『ロボットは東大に入れるか』プロジェクト、略して『東ロボくん』のアイデアが私の頭に浮かんだのは、2010年でした。当時、AIという言葉が新聞にほとんど出なかった時代です」

国立情報学研究所 社会共有知研究センター センター長・教授
一般社団法人 教育のための科学研究所 所長・代表理事
新井 紀子 氏

国立情報学研究所の新井紀子教授は、このようにスピーチを始めました。東ロボくんとは、大学入試センター試験や予備校の模擬試験の問題を解くAIで、目標は東京大学に入学できる偏差値を出してみせることです。スタートした2011年度から年度ごとに能力は高まり、難関私立大に合格できるレベルまで到達しました。しかし、「いくら学習させても東大に入れる見込みはない」(新井氏)との判断から、2016年度末ですべての科目で模試を受検するイベントはいったん凍結しました。

東大合格を断念した理由として新井氏が挙げたのは、「AIは意味を理解できない」ことにありました。ディープラーニングなどのAIはすべて「形式を整理する学問」(新井氏)である数学に基礎を置いています。現状では、文中のキーワードの位置しか推定できません。その結果、150億の英文を学習させても東ロボくんに文章の意味は理解できないのです。「学習させるデータをいくら増やしても、ディープラーニングからシンギュラリティ(技術的特異点)が起こったり、人間の知能を超える新しいものが突如現れたりすることはありません」と新井氏は断言します。

このプロジェクトからは、もう1つの重要な成果が得られました。AIには「意味が分からない」という限界があるにもかかわらず、そのAIよりも偏差値が低い学生が大量にいる事実です。「ある公開模擬試験を解かせてみたところ、東ロボくんは上位20%に入りました」と、新井氏は語ります。残り80%の学生がAIに負けている理由を探っていく過程で、新井氏は「多くの子どもは問題文の意味を理解していない」という驚きの事実を突き止めました。

意味を理解できないAIに、意味を理解できるはずの人間が負けてしまう。AIが活躍する時代に大量失業が発生しないようにするには、学校教育でプログラミングを教えるよりも、「教科書を正確に読める、読解力のある子どもを育てる」ほうが重要だと指摘します。このままでは会社に入っても仕様書が読めない新入社員が増えると警鐘を鳴らしました。

ポイント2:研究分野の横断が強みに

意味を理解できない現在のAIは、将来役に立たない存在となってしまうのでしょうか。

早稲田大学の尾形哲也教授は、ディープラーニングの基本的な仕組みを説明しながら、国内外でのさまざまな研究の成果を紹介していきました。

早稲田大学 理工学術院 基幹理工学部 表現工学科 教授
産業技術総合研究所 人工知能研究センター 特定フェロー
尾形 哲也 氏

 ヒト型ロボットの研究からスタートし、現在は機械工学と情報科学の両方の領域で活動している尾形教授は、まず「私はあえて、ディープラーニングをAIとは言わないようにしています」と宣言しました。ディープラーニングは、人間の知的行為を再現しようとする広義のAIとは違い、データだけからモデルを学習する単なるツールだと説きます。ただ、数あるAIと呼ばれる技術の中で、大きなブレークスルーを起こしたのがディープラーニングであり、「画像認識の能力は人間を超え、音声認識もすでに実用レベル。翻訳でも下訳程度には使えます」と尾形教授は評価しています。

現在では、さまざまなディープラーニングのシステムがインターネットから無償で入手可能です。数十万円で買えるGPU(画像処理半導体)やパブリッククラウドが利用できるので、ディープラーニングのビジネスに参入するスタートアップ企業が急速に増えている、と尾形教授は解説しました。

実際のところ、ディープラーニングを利用したソフトウェアやロボットはすでに多数開発されています。例えば、早稲田大学の尾形教授のチームは、柔軟物をハンドリングするロボットを2016年に発表しました。日本のAIスタートアップ企業として知られるPreferred Networksは、部屋に散らかっている物を画像認識して自動的に片付けるロボットを2018年の技術系イベントで公開しています。

ただ、ロボットにディープラーニングを組み込むに当たっては、モノの世界ならではの配慮も求められます。「情報科学の領域では十分なデータに基づく確率分布が重要で、リアルタイム性などは通常考慮しません。一方、ロボットなどを扱う機械工学の世界ではモノの挙動予測や制御をリアルタイムで行う必要があります」と、尾形教授は違いを説明します。モノづくりに強い日本が世界的なIT企業と競い合うためには、機械工学と情報科学の交わる部分が「強みを発揮できる領域」になるのではないかとの見方を示しました。

ディープラーニングは推論できないものの、膨大なデータからモデルを導き出す学習ツールとしては強力です。学際的な知見から新たな活用法が生み出されそうです。

ポイント3:使ってみないと理解できない

では、AIに代表される最先端テクノロジーをビジネスや社会の現場で役立てるには、導入から定着まで、どのように進めていけばよいのでしょうか。

株式会社働きごこち研究所
代表取締役 ワークスタイルクリエイター
藤野 貴教 氏

働きごこち研究所の藤野貴教氏が勧めるのは、まずテクノロジーを使ってもらうというアプローチです。藤野氏は「テクノロジーの進化と人間の働き方の進化」をメインテーマとする研究に取り組むほか、企業向けに、働きやすい組織づくりのコンサルティングも行っています。

藤野氏は、「『仕事の仕方を変えたくない』『自分に最先端テクノロジーは要らない』というのが大方のビジネスパーソンの気持ちです。難しい話はせずに、遊びでも構わないので、まずテクノロジーを使ってもらうのが秘訣です」と語ります。例えば、ビジネスチャットを現場にいきなり導入するのではなく、似たような機能を持つスマートフォンの日程調整アプリを使ってもらうことから始めたほうがよいと言います。

テクノロジーが組織内である程度使われるようになったら、次に、「創る」という段階に移ります。この段階では、新たな価値や高い生産性を創り出すAIの適用方法を考え出します。「アイデア出しはAIにはできません。私が講師を務めるトレーニングでは、集まった皆さんにディスカッションしてもらって人間がアイデアを出します」と藤野氏はAIと人間の役割分担を語ります。

高い生産性を狙うには、人間とAIによる協働が重要です。どこまでを人間が担当して、どこから先をAIに任せるかについては、その職場が置かれている状況に合わせて人間が決めなければなりません。

企業内にAIを導入・定着させていくプロセスも人間が不可欠です。「組織の全員を巻き込み、根回ししてメンバーを説得していくというプロセスの中から、次の時代のリーダーが生まれるメリットもあります」(藤野氏)。そうして切り分けした作業をテクノロジーで代替すれば、より人間が働きやすい働き方改革が可能となると結論付けました。

基調講演(新井教授)、テクニカルセッション(尾形教授)、スペシャルセッション(藤野氏)に共通していたメッセージは、ディープラーニングをはじめとするテクノロジーの特徴を理解して、AIとどう向き合うかが重要になるということでした。AI時代に向けて、人間の側も、読解力を向上させたり、事業・研究分野を横断したり、使いこなすための方策を考えたりといった努力をする必要がありそうです。

後編では、IT専門メディア編集主幹の田口潤氏と講演者3人のパネルディスカッションの模様をお伝えします。AIを活用した展示の見どころもレポートします。

※会社名、製品名などの固有名詞は、一般に該当する会社もしくは組織の商標または登録商標です。

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