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エンタープライズ・アーキテクチャー入門

エンタープライズ・アーキテクチャーとは、企業の情報システムの全体像のデザインのことです。2004年頃に流行ったキーワードで言葉自体は古いのですが、今、その目指すべき中身が新しく変わりつつあります。本稿では、そもそもエンタープライズ・アーキテクチャーって、何だったのか?ということを振り返っていきます。

パリ市内

エンタープライズ・アーキテクチャーとは、企業の情報システムの全体像のデザインのことです。日本国内では、経済産業省の導入("経産省EA"と通称される)に端を発して2004年頃に流行ったキーワードです。その後一年くらいで聞かなくなってきた言葉ですので、古めかしい印象を持たれるかもしれません。確かに言葉自体は古いのですが、今、その目指すべき中身が新しく変わりつつあります。

企業の情報システムの全体像のデザインのあり方は、クラウドが普及して以降、少しずつ変わってきています。一昔前では実現しえなかったデザインが可能になってきており、この巧拙が企業のビジネスモデルの自由度に影響を与えるようになってきました。

本稿では、まずは昨今の事情に言及する前に、そもそもエンタープライズ・アーキテクチャーって、何だったのか?ということを振り返っていきます。

エンタープライズ・アーキテクチャー入門

エンタープライズ・アーキテクチャー(EA)とは?

エンタープライズとは組織や企業のことを指しますが、アーキテクチャーとは何を意味しているでしょうか? 建築学における建築様式を指すこともあれば、CPU、OS、ネットワーク、アプリケーションソフトなどの基本設計や設計思想を指すこともあります。この捉えどころの難しい用語について、次のように考えたいと思います。

アーキテクチャー = 部品の組み合わせ

そうであるならば、エンタープライズ・アーキテクチャーとは、組織もしくは企業の全体を部品の組み合わせとして捉える方法であるといえそうです。それでは、ここでいう部品とは何のことでしょうか?何を部品と見るかによって、組織や企業の見え方は変わってきます。

もし、人・物・金・情報を部品として、企業全体を眺めるならば、企業全体のビジネスが見えてくると思います。もし、ハードウェアやソフトウェアを部品として企業全体を見るならば、そこにはテクノロジーの集合体としての企業の全体像が見えると思います。

エンタープライズ・アーキテクチャーは、「ビジネス・アーキテクチャー」、「データ・アーキテクチャー」、「アプリケーション・アーキテクチャー」、「テクノロジー・アーキテクチャー」という4つのアーキテクチャーで構成されます。それぞれのアーキテクチャーでは、何を部品と見るか、何を可視化するかが異なります。

4つのアーキテクチャー
図 1:4つのアーキテクチャー
  • ビジネス・アーキテクチャー
    =人・物・金・情報という部品の組み合わせとしての企業全体の可視化
  • データ・アーキテクチャー
    =データという部品の組み合わせとしての企業全体の可視化
  • アプリケーション・アーキテクチャー
    =情報システムと機能という部品の組み合わせとしての企業全体の可視化
  • テクノロジー・アーキテクチャー
    =テクノロジー(ハードウェアやソフトウェア)という部品の組み合わせとしての企業全体の可視化

この手法で特徴的なのは、情報システムの全体像を、4つの視点をベースにして横串で認識することです。情報システムの全体像を把握しようと思ったら、普通に考えれば、まずは一つひとつの情報システムそれぞれを見ていく(図2の左側)のが自然だと思います。エンタープライズ・アーキテクチャーでは、情報システムをビジネス、データ、アプリケーション、テクノロジーの4つの視点を駆使して横串(図2の右側)で認識します。

情報システム全体を見る
図 2:情報システム全体を見る

10年前のEAが目指したのは「全体最適」

10年前にエンタープライズ・アーキテクチャーが流行ったときには、常に「全体最適」という言葉とセットで語られていたと思います。企業のビジネスを支えるために、データとアプリケーションとテクノロジーのそれぞれの視点における「全体最適」が目指されていました。

全体最適
図 3:エンタープライズ・アーキテクチャーのめざす全体最適イメージ
  • データの「全体最適」
    同じようなデータが複数の情報システムで別々に管理されている状態や、複数の情報システムに何度もデータ投入が必要となる状態は、データの視点における全体最適でない状態といえます。データの多重投入/多重管理問題とも呼ばれ、データ品質低下とデータの投入/管理に係る人手の観点で問題視されます。この状態を解消するためにデータの統合が進められてきました。
  • アプリケーションの「全体最適」
    同じ種類の業務のための情報システムが事業部門毎に別々に作られているような状態が発生することがあります。こういった状態は、たいてい同じ業務でも事業部門毎にプロセスが異なるために必然的に生じます。そもそも業務プロセスから揃えていくことできれば、従業員も情報システムも集約して効率化することが期待できます。
  • テクノロジーの「全体最適」
    テクノロジーの視点では、情報システム各々に使われているテクノロジー(例えばサーバ機器やOS)がバラバラな状態に陥ることがあります。情報システム毎にバラバラなテクノロジーが採用されてしまうと、テクノロジー毎に異なるスキルや運用方法を要することとなり非効率的な状態となります。採用するテクノロジーの種類を、ある程度は絞り込む必要があります。

「全体最適」を目指そうと思うと、データとアプリケーションとテクノロジーのそれぞれの視点をベースにして、情報システムを統合・集約していくことになります。

これからのEAが目指すものは?

エンタープライズ・アーキテクチャーというキーワードは意識されていないかもしれませんが、これまで大なり小なりの「全体最適」を目指してきた企業は多いと思います。少し昔から振り返りますが、1990年代にオープン系を迎え、2000年のY2K問題を乗り越えた後の企業の情報システムは、乱雑で重複の多い状態だったと思います。同じようなデータが別々の情報システムで管理され、重複した機能が複数の情報システムに存在し、各々の情報システムがバラバラなプラットフォームで稼動しているような状態です。それ以降、10年以上かけて、少しずつ情報システムを統合・集約させてきた企業は多いです。2015年時点は、統合・集約できる部分はできたし、まだできていない部分も残っていると、そういう企業が多いのではないでしょうか。

情報システムの歴史
図 4:情報システムの歴史

さて、これからも「全体最適」を目指してさらなる統合・集約を続けていくべきでしょうか? それよりも他に着手すべきことがあると、私は考えています。クラウドが普及してきた昨今は、エンタープライズ・アーキテクチャー ― 企業の情報システムの全体像のデザインには新しい考え方が必要です。企業の多様な、そして新たに生まれ続けるビジネスモデルを支えるエンタープライズ・アーキテクチャーを目指すべきです。

そのデザインをする上で重要になるポイントが、エンタープライズ・アーキテクチャーの4つのアーキテクチャーそれぞれについてあります。それら一つひとつのアーキテクチャーについて、このブログの以降4回分で紹介していきます。

著者プロフィール
安田 航
安田 航
クラウドやIoTなどの新技術を、ただ導入しても企業はビジネスモデル変革に至れません。 その原因は日本企業独特の縦割り的な情報システムの考え方にあると見定めて、 独自の"都市計画的デザイン"でITとビジネスの変革を提言しています。 これらのノウハウを、著書『クラウド時代のエンタープライズ・アーキテクチャ(サイバー出版センター)』に執筆。 プライベートでは温泉や日本酒などの日本文化との新しい出会いを楽しみに、"輪行"で全国の海岸線を自転車で巡っています。