解説
DeepSeek、ChatGPTなどが牽引するAI推論の進歩

目次
DeepSeekの登場、生成AI開発の競争激化
過去10年にわたり、自然言語処理(NLP)の分野は大規模言語モデル(LLM)の開発によって飛躍的な進歩を遂げてきました。
特にChatGPTの登場は、一般ユーザー向け、ビジネス向けの両方で、生成AI活用の可能性を示しました。
生成AIが多くの産業で効率向上に寄与しており、今や企業は競争力を維持するために、生成AIを積極的に活用することが不可欠になっています。
生成AIの開発レースはさらに激化しており、OpenAI、Anthropic、Google、 Meta、Microsoftといった主要テック企業が牽引役を務める一方で、日本のNTTが開発する「tsuzumi」や、中国のDeepSeekといったグローバルなプレイヤーも躍進を遂げています。
特にDeepSeekの最新モデルは国際的なAI市場を揺るがし、多くの企業が業務効率化や意思決定の高度化を目的にLLMを採用する傾向が強まっています。これらの動向は、AIが現代のデジタル経済においてコアツールとしての地位を確立していることを示しています。
2023年には、テキストと画像の両方を処理できるマルチモーダルLLMが登場し、LLMの機能がさらに拡張されました。これにより、画像、図表、プレゼンテーションなどの視覚情報をテキストと併せて解析できるようになり、ビジネス環境において新たな活用領域が広がりました。
マルチモーダル対応により、テキストとビジュアルコンテンツを組み合わせた高度な分析が可能となり、企業の複雑な業務課題に対する応用力が一段と向上したのです。
ChatTXは、このマルチモーダル統合をさらに推し進めています。ユーザーは画像やPowerPoint資料をアップロードでき、LLMがそれらを処理・分析し、洞察を提供したり、視覚情報を実行可能なアウトプットへと変換したりすることが可能です。
たとえば筆者自身も、ChatTXのマルチモーダルLLMにシステム構成設計書の画像を送信し、モデルがその図面を解釈して、プロトタイプやベースラインのコードを生成するといった使い方をしています。このような統合により、ワークフローの効率化が図れるだけでなく、ビジネスの現場で生成系AIがもたらす可能性は格段に広がっています。
Chain-of-Thought(CoT)推論の台頭
マルチモーダルLLMが登場した後、AI推論の世界でさらなる進歩がありました。Chain-of-Thought(CoT)推論の導入です。CoTは、AIモデルが複雑なタスクを小さなステップに分解し、それぞれのプロセスを説明しながら進める手法を指します。
この手法により、AIはより構造化された論理的思考を行うことが可能になり、問題解決や意思決定、計画立案といったステップ・バイ・ステップの分析が求められるタスクにおいて特に大きな価値を発揮します。
従来のLLMでは、学習したパターンに基づいて回答を生成することが多かったのですが、CoTを用いることで、モデルがあたかも「思考」しているかのようにプロセスを進めます。
図ではCoTの有無の回答の様子を比べています。CoTを用いている方は考えているかのような振る舞いが見えます。また、CoTを用いない方の回答は間違っていますが、CoTを用いると正しく回答ができています。
CoTあり
CoTなし
CoTの導入により、より透明性と論理性を伴って解決策へと導くため、AIが下す決定の理解や信頼性が高まるのです。特にエンタープライズ領域では、AIの意思決定過程が明確であることが重要視されるため、CoTの導入は企業でのAI採用を促進する大きな要因となっています。
すでに多くの先端LLMがCoTを統合しており、数学や科学、自然言語理解などの分野で性能を大きく向上させています。企業の観点から見ると、CoTは単なるデータの検索以上の高度な問題解決を可能にし、AI活用の幅をさらに広げています。
CoTの根幹にあるのは「明示的な中間推論」の概念です。モデルが単にパターンをもとに最終的な回答をアウトプットするのではなく、回答に至るまでの思考プロセスを段階的に生成し、説明するよう学習することで、より透明性が高く、解釈可能な結果が得られます。これは金融、ヘルスケア、法務といったリスクが高い領域での活用において、特に重要となる要素です。
CoTの仕組み
1. プロンプトエンジニアリング
CoT推論を引き出すためには、通常、「どのように考えるか」を促すプロンプトが設計されます。たとえば「23 + 45の答えは何ですか?」と聞く代わりに、「23 + 45を計算するときのステップを順を追って説明してください」という形にすることで、モデルをステップ・バイ・ステップの思考に誘導します。
2. 推論の生成
モデルは一連の思考を生成し、問題をより小さな要素に分解して説明します。たとえば数学の問題なら、「まず23は20と3に分けられ、45は40と5に分けられる」などと記述し、それを順次足し合わせて最終的な答えに導くといったプロセスを示すことができます。
3. 中間ステップの検証
思考ステップが生成されると、モデルは入力や追加の修正に応じてそれらのステップを見直し、調整することがあります。この反復的なアプローチにより、モデルは徐々に推論を改善し、出力の精度を高めます。
4. 最終回答の生成
すべての推論ステップを経て、モデルは最終的な回答に到達します。結果的に得られる答えだけでなく、そこに至る推論過程も可視化されるため、透明性が向上します。
CoTの技術的インパクト
精度向上
タスクを小さなステップに分解することで、論理的推論や数学的計算、言語理解などにおける精度が向上します。表面的なパターンマッチングにとどまらない、高度なタスクでも信頼性が高い結果を得やすくなります。
解釈可能性
従来の「ブラックボックス」的なモデルは理解しにくいですが、CoTのステップ・バイ・ステップ推論は意思決定プロセスを明確化します。金融、ヘルスケア、法務のように説明責任や透明性が重視される領域では特に有用です。
複雑な領域への対応力
法務や金融、エンジニアリングなど、複雑な文脈や詳細を正確に捉えることが要求される業界では、CoTによって情報を構造的に処理しやすくなるため、実用的なビジネス用途に適したモデルが構築できます。
ChatTXにおいては、CoTによってLLMが回答に至るプロセスをユーザーが可視化できるようになるため、その推論結果をより信頼しやすくなります。さらに、ビジネス現場で求められる論理的・段階的な思考プロセスが強化されることで、より高度なタスクにも対応できるようになるのです。
DeepSeek、OpenAIの強み・課題・推奨される用途
- OpenAI o1シリーズ
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CoT統合:
タスクを論理的ステップに分解し、明確で高精度な推論を実現。
強み:
高品質な文章生成と、金融やヘルスケアなど複雑な業界での優れたパフォーマンス。モデルサイズが大きいため、豊富な世界知識を保持しており汎用性が高い。
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課題:
大規模モデルに加え、CoTによる推論プロセスでトークン消費が増えるため、利用コストが割高。
おすすめ用途:
研究開発や高度な意思決定が求められる企業において、構造的な問題解決と透明性が重要となる場合。
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- DeepSeek R1
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CoT統合:
低コストでのCoT推論を目指す。
強み:
オープンソースで導入が容易。深層学習の能力を備えながら、費用が比較的抑えられる。
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課題:
<法的・倫理的リスク>
DeepSeekは自社モデルの学習時に、OpenAIのAPI出力を使用した可能性が指摘され、OpenAIの利用規約違反の懸念が浮上している。
<セキュリティ上の脆弱性>
アウトデートな安全策やプライバシーリスクが指摘されるなど、セキュリティ面での課題が報告されている。
<地政学的リスク>
中国発のAIスタートアップであるDeepSeekに対し、海外では監視やデータプライバシーの懸念がある。たとえば、ニューヨーク州のキャシー・ホウクル知事は、外国の監視を警戒して州政府ネットワークとデバイスでのDeepSeekの使用を全面的に禁止した。
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おすすめ用途:
低予算でCoT対応のAIを試したい企業向け。ただし、法的・セキュリティ・地政学リスクを十分考慮する必要がある。
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- OpenAI o3シリーズ
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CoT統合:
複数の回答を生成し、その中から最適解をスコアリングして選ぶ仕組み。
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強み:
o1よりも動作が高速で、複雑な意思決定に対応可能。エンジニアリングやコーディング、数学などの専門的領域での活用に適している。o1に比べてコストも低め。
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課題:
o1よりモデルサイズが小さいため、世界知識の蓄積量が限定される。
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おすすめ用途:
戦略策定や顧客サポートなど、複数の可能性を検討するタスク。コストを抑えつつCoTを活用したいケースに適している。
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ChatTXへの高度推論モデルの統合
ChatTXにCoT推論を組み込むことで、エージェントの性能は飛躍的に向上し、ステップ・バイ・ステップの問題解決がより透明化されます。これにより、ユーザーはRetrieval-Augmented Generation(RAG)の回答プロセスをより深く理解できるようになるため、結果への信頼性と納得感が高まります。現在、ChatTXではRAGエージェントの論理推論力を強化するためにCoTモデルの活用を検討中です。
ただし、CoTは数学や論理的思考が必要なタスクにおいて顕著な性能向上が報告されている一方で、そうでない分野のタスクでは効果が限定的であるという研究結果もあります。100本を超える論文を対象に行われた定量的メタ分析によると、CoTは数学的・論理的タスクで大きな性能向上をもたらすものの、それ以外のタスクでの改善幅は比較的小さいとされています。
したがって、ChatTXのRAGエージェントにCoTを統合することは、論理的・数学的タスクのパフォーマンスを向上させるうえで有望ではあるものの、すべてのタスク領域で同様に有効とは限りません。必要とされるタスクの特性を見極めたうえで、CoTの導入を検討することが重要です。
DeepSeekやOpenAIによるAI推論モデルの進歩、今後の展望
AI推論モデルの開発は日進月歩で進んでおり、継続的なイノベーションによって応用範囲はさらに拡大していくと予想されます。ChatTXのようなプラットフォームにこれらのモデルを統合することで、ロジックが求められる課題や問題解決が一層効率化し、性能が向上していくでしょう。最新のAI開発動向をウォッチし続けることは、競争力を維持するために欠かせない戦略となっています。
Chain-of-Thought(CoT)推論と、OpenAIのo1・o3モデル、DeepSeekのR1のような先進的モデルの台頭は、AIの問題解決能力を次の段階へと押し上げました。企業や組織が効率と性能を向上させる目的でこれらのモデルを導入することは、大きなメリットをもたらす可能性があります。特に論理的なステップを要するタスクであれば、CoT統合モデルは大きな成果をもたらすでしょう。
参考文献
- https://openai.com/index/openai-o3-mini/
- https://openai.com/o1/
- https://www.theverge.com/news/601195/openai-evidence-deepseek-distillation-ai-data
- https://www.kelacyber.com/blog/deepseek-r1-security-flaws/
- https://nypost.com/2025/02/10/us-news/gov-hochul-issues-statewide-government-ban-of-chinese-ai-deepseek/
- https://arxiv.org/abs/2401.05618